低収入で一人暮らし、働く理由は「生活のため」としか思っていなかった私ですが、70代の同僚はちょっと違います。
今日はそんな「働く理由」について考えさせられたお話です。
70過ぎても働く原動力。それは「孫」
先週の6日連続勤務という鬼シフトが無事終了。
今日から通常運転に戻りました!
ああ〜ありがたい!
有給を取っていた同僚も今日から復帰です。
この同僚が有給をとった理由は、県外に住む娘さん一家のところへ行くためでした。
同僚は日頃から、離れて暮らすお孫さんへの援助がハンパない。
・野菜やお肉の仕送り
・学費のサポート
・孫へのお小遣い 等々…
しかし同僚はもう70代です。
孫も大事でしょうが、自分の時間を優先しても不思議ではない年代。…と私は思うのですが…
それでも同僚は言い切ります。
「孫のために何かしてあげるのが私の生きがい!そのために仕事を続けていられるの!」
おお……圧・感。
正直、孫どころか子供すらいない私には、その魔力の凄さはよくわかりません。
わからないどころか、
「孫ってなんて強力な生き物なんだ…!」
……と畏怖の念さえ抱いてしまいます。
だって…70歳過ぎても、この立ち仕事をフルタイムでこなすなんて、ちょっとキツ過ぎます。
しかも私の年齢から見れば後20年も。
でもですね。ふと、思い返せば
私の祖母も仕事をしていた母に代わって、食事に送迎に色々私の面倒見てくれていたんですよね。
ああ。私も、こうして育ててもらったんだ。お祖母ちゃんも、あんなふうに私が可愛かったのだろうか。
「大変でも、孫の喜ぶ顔が嬉しい。」
その気持ちが全ての原動力。
同僚のお孫さんへのサポートは、この気持ちの延長線上にあるだけなのかもしれません。
そして私は思うのです。私にいまいち稼ぐ能力が足りないのは、
じゃぶじゃぶ貢ぎたくなる「推し家族」がいないからかもしれない。
「推し家族」がいれば私だってもっと…努力…した?かも?
……いや〜それはさすがに責任転嫁か(笑)
子も孫もいない人生を自分で選んできたのは私。
なのに今の私は”自分を食べさせるだけで精一杯”なのが現状。
なんたる我が身の不甲斐なさよ。
遠く離れて暮らそうとも、働く原動力を与えてくれる、「孫」という生き物の魔力。
劣等感と羨ましさと。
そんな気持ちの間を揺れ動いた今日の私でありました。
あ、愛猫みっちゃんはちゃんと私の「推し」ですけどね!🤣
人それぞれ「頑張る理由」は違うけれど、何かひとつでも原動力がある人は、やっぱり強いのかもしれませんね…。
私にも「これのためなら頑張れる」と言えるものを、もう少し育てていけたらなぁ。


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